2013年01月21日

ハワイの楽しみ方

『ハワイはブームだからねぇ』とはよく聞くセリフです、そうだとも思います。
音楽とか、フラとか、ハワイのあれこれに私も魅力を感じるひとりです。

フラを習う人、ウクレレを弾く人、キルトを作る人、ハワイgoodsの買い物専門の人、
旅行に行くことを楽しみに日常を頑張る人、
そして、なかなかハワイには行けなくて未経験だけど、日本でハワイを楽しむ人、
それぞれのハワイの楽しみ方があるんだと思います。

もうひとつ楽しみ方があるとすれば、私はその土地の文化を知るため歴史です。

『ハワイに行ったら日本文化センターに行ってみて!』という私に
興味を持ってくれる人はあまりいませんもうやだ〜(悲しい顔)
100%『通販!?』と聞かれます。

(だからこの記事も独り言のつもりでもうやだ〜(悲しい顔)

この施設には日系移民についての分かりやすい常設展示『おかげさまで』がされています。
nihonbunkacenter.JPG

(移民1世の方の生活は、サトウキビ畑での長時間労働など、
条件はかなり厳しかったようですが、家そのものは本で読むよりもこちらで再現展示をみてからは、
当時の日本を考えればそれほど悪い生活ではなかったのではないか?と思いました)

まだまだ知識不足ですので、はっきりとした書き方は避けますが思ったことがありました。
数年、数十年後のハワイは
私たち日本人にとって、すこし雰囲気が変わるのかもしれない?と。
手(パー)

ハワイのあのwelcomeな雰囲気、日本人が居心地よく感じる文化、
それは勿論、アロハスピリットと言われる彼らの持つココロが最大の理由だと思うのですが

私の個人的な想いとして
日本人がハワイで体験する『楽園にある日本の良さ』
(うまく言えないですがハワイが好きな方なら分かってもらえるかと) というのは

日系人のかたが、サトウキビ畑での労働から離れ
地位を手にするため手に職を活かして、築いてきた商売の継続や名残りでもあり、
さらにその日本文化に影響を受けたハワイ独特のオリジナル文化という一面がありますよね?

そして、現在
日系3世、4世の方が活躍をされている時代ですが
ストライキ、差別、戦争と
強く日本を意識して生きてこられたであろう日系2世の方はご高齢です。

世代を重ねていけば日系人の方の日本の意識は薄まっていき、
(他国からの移民もそうかと)
アメリカ人としての生活文化がどんどん発展していき、
ハワイで感じる雰囲気に、日本人として変化を感じる時代が来るかもしれない

そう思ったりしませんか?

120年、130年の前の、ハワイで日系移民(1世)の働くこの景色。
(ビショップミュージアムの2012年特別展にて撮影)
私たちが見るいまのハワイからさかのぼること、たったの百数十年なんです。
その間、第二次世界大戦があり
いま時代とは違った100年が過ぎたわけですが
写真をみるだけで、今日までの道のりに想像がひろがりませんか?

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imin4.JPG
日本からハワイで生活すべく、家族みんなで持って行った荷物の量が
これだそうです。夢を見ていたとはいえ、やっぱりあの時代にすごい勇気。
posted by YUKI at 19:30| 歴史

2013年01月16日

『ブラックペンシル』の向こう側☆

私たちチョークアーティストが使うマテリアルのひとつ、『ブラックペンシル』。
正式な商品名は、『ファーバーカステル社の水彩鉛筆』のなかの
『アルブレヒトデュ-ラ-』というラインですが、

アルブレヒト デューラーとは、
ドイツの水彩画家、あのデューラーの名前であ〜る
と、いうのをご存知でしたか?

いつも『ブラックペンシル』と呼んでいる、
その色鉛筆の名前になった『デューラー』さんに
500年前の素敵なお話があったのでご紹介手(パー)

デューラーさんは若いころ、ハンスさんという同じ画家を目指す仲間がいました。
2人とも毎日働きながら絵の勉強をすることは難しく、
かといって働かずに画材を買う余裕もない毎日でした。
そこで、ハンスさんはある提案。
『このままでは絵の勉強がままならない。
それならばひとりが働いている間、ひとりが勉強に専念するのはどうか』。
そして、デューラーがまず先に勉強に専念できる環境になったのです。

デューラーさんが2年3年と勉強をしている間、ハンスさんはデューラーさんの為に
お金の稼げる鉄工所で働いたそうです。
そして数年後、いよいよ今度はデューラーが働き、
ハンスさんが勉強できるようになった頃
それまで鉄工所で一生懸命働いたハンスさんの手は
すでにゴツゴツとなり、指が曲がり、繊細な絵は描けない手になっていたそうです。

申し訳なく思ったデューラーさん。
一方ハンスさんは自分の為に申し訳なく思うデューラーさんを想い
『彼が自分の夢まで叶えてくれるよう、そしてこれ以上悲しまないように』と
祈りを捧げた手があの名作

アルブレヒト デューラー『祈りの手』だそうです。
エピソードを知ると、絵の見え方が変わります目

チョークアーティストは
使い慣れているブラックペンシル。

デューラーも偉大だけど、このブラックペンシルが『デューラー』ではなく
『ハンス』と命名されていたら
きっとデューラーも喜ぶし、粋だったのになぁぴかぴか(新しい)

と思った話を、お裾わけひらめき

posted by YUKI at 20:23| YUKI BOARD WORKS

2013年01月07日

Happy New Year!!

皆さまにとって、幸多き1年になりますよう願っておりますぴかぴか(新しい)
今年もどうぞ宜しくお願い致しますexclamation

今年も様々なお仕事に感謝して楽しんでいこうと思います手(グー)

毎日寒いですね雪

この時期になると、毎年早朝のアルバイトを思い出します。
数年前にお教室を始めたころ、私は会社員を思いきって辞めました。
お教室は生徒さんにお越しいただくことで成り立つお仕事ですので
まったく先の見えないお教室初年は、
会社を辞めた代わりに早朝のパン屋さんでアルバイトをしていました。
まだ暗くて寒い午前4時、2駅先のパン屋さんへ行き、
お昼前にバイトを終えてからレッスンをした日も多かったです。
お教室が忙しくなってからは、そのバイトも辞めました。
『なんでお教室は12時からなんですか?』と聞かれることがあると
そのバイトを辞めてからはお話したこともありましたが、
パン屋さんが10時や11時に終わり、帰宅してレッスンを開始できたのが12時だったから、、、
と実はそれが理由です。

そのバイトの時に知り合った仲間はなにかと忙しい人が多かったのですが、
それでも当時、私が少しづつはじめたチョークアートのお仕事を知り
デパートの画材売り場で1日ワークショップをしていた時には、
わざわざ見に来てくれたりもしました。
今もそのパン屋さんの近くを通ると必ず彼女に会いに行きます。

毎年年初がやってきて寒さが増してくると
スノボでワイワイ雪山へ繰り出した会社員時代の冬よりも
『寒いね~』といいながらバイトをしていた地味な毎日を
なぜか強烈に思い出します。

わざわざ時間を作って見にきてくれた彼女のように、
あえて控えめに常に支えてくれている人というのは温かい晴れです。
また慌ただしい毎日がはじまっても
そういう支えにきちんと気がつくようにいたいと、

1月がやって来て思うことです手(チョキ)

posted by YUKI at 02:49| YUKI BOARD WORKS